Welcome To The Jungle:僕のルーツミュージック | さじやんのDCDC(デコデコ)日記

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Welcome To The Jungle:僕のルーツミュージック

guns.jpeg

大学時代には音楽的刺激を受けた友人が多くでき、自分の音楽の世界が大きく広がった貴重な4年間だった。

僕の入った大学は藤沢にできた新設学部で自分たちが1期生。つまり先輩がいない。
サークルもない。だから自分たちで自主的にサークルを作る。

音楽系ではロック研という洋楽邦楽ロック全般のサークルと、ジャズ研、他にもいろいろできたと思うが、その2つが勢力的には大きかった。

ロック研の勧誘ライブではBBAをやるバンドもいればローザルクセンブルグのコピーもあり雑多な感じだった。当時まだスラッシュやハードコアが好きだったので、ちょっと違うな、と思い入部はしなかった。

ジャズ研はそもそもジャズに当時興味がなかったので選択の範疇外だった。(後に入部することになるのだが)

余談だが学校にはローザのギタリスト、玉城宏志さんの奥さんがいてよく玉城さんを学内で見かけた。近所の鵠沼にはどんとがよく来ていた飲み屋があって、そこにも後によく行くようになる。


ということで、サークルには属さず、個別に音楽の趣味が合う仲間を見つけてバンドをやることにした。

大学に入ったらとにかくバンドがやりたかった。その前に一刻も早くエレキギターとアンプが欲しかった。

入学直後から始めたレンタルCD・ビデオ店のバイトでためた頭金でローンを組み、鎌倉の楽器屋で初めてのエレキギターとアンプを手に入れた。散々迷った末に選んだのはFender Japanのテレキャスターだ。
テレキャス

色は写真の通りナチュラル。アンプは練習用の小さなもので50ワットくらいだった。BOSSの黄色いOD/DSエフェクターも購入した。

学生にとっては結構な出費だったが、始めて自分のエレキギターを手に入れたのがとにかく嬉しく、誇張ではなく抱いて寝るほど嬉しかった。このテレキャスは後にジャズを始めるとき友人のES335と交換するまで愛用した。

なぜテレキャスにしたかはよく覚えていないが、カラッとした音色と見た目、あとは予算だったと思う、当時4、5万くらいだっただろうか。

ギターを選ぶとき楽器屋で試奏をするのだが、当時弾ける曲も少なく、アンプのセッティングの仕方も分からず、いかにもロックやってます的な長髪の店員さんに見られていて、ものすごく緊張したのを覚えている。

しばらくバンド仲間も見つからなったので、暇さえあればアパートの部屋でギターの練習をしていた。アパートで音漏れも気になるのでアンプも通さずシャカシャカ弾いていた。

練習と言ってもCDをはじめ、テレビ・ラジオで流れる曲、CMなどを耳コピするだけで、分からないコードはコード本を買ってきて覚えていった。といってもRamonesなどパンクがメインだったのでほとんどスリーコードで済んだ。

そんなある日、キャンパスの屋外広場の木陰でかっこよくParadice Cityをアコギで弾いている男を見かけた。語学のクラスが同じのS君だった。

S君はいつもキャンパスではハードロック系のTシャツにスリムジーンズ、長髪にオークランド・アスレチックスのキャップをかぶっている寡黙な印象の人で、あまり話をしたことはなかった。いつも学校にギターを持ってきていた。

ガンズは高校の頃に少し聴いていたが、当時はやや刺激に欠け(ハードコア聴いてた頃だったので)あまり深く聴いていなかったが、S君の弾くギターがとてもかっこよく、僕は思い切って話かけた。そしてしばらく音楽の話をした。

彼は主がガンズやツェッペリン、エアロスミス、ジミヘン、クラプトン、ボブ・マーリーなどが好きで、いくつかおすすめのアルバムを教えてくれた。

そこで彼おすすめのいくつかを、バイト先のレンタル屋にあったCDで勝手に店内BGMとしてかけてみた。そんな中で改めて聴いてみてかっこいいと思ったのがガンズの「APPETITE FOR DISTRUCTION」だった。

Appetite for Destruction (Clean)Appetite for Destruction (Clean)
(1992/01/31)
Guns N Roses

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1987年リリースだから既に中3の時にでていたアルバム。カセットは持っていたが、ちゃんと聴いたことはなかった。

改めてカセットを引っぱりだし、耳コピで弾いてみた。しかしパンクしか弾いたことのなかった僕にはわかないコードやリフやソロ、コードワークも多く、バンドスコアを買い、来る日も来る日も練習した。そして弾くほどその格好良さに惹かれていった。

おかげで何とかそれなりにいくつかの曲を弾けるようになった。これは今やっているバンドの選曲にもつながっている。

一時期はあまりにもガンズ、特にサイドギターのイジー・ストラドリンが好きすぎて、彼のかぶっていた帽子や着ていたベストなど服装まで真似していたくらいだ。


余談だが、アパートでアンプを通して小さな音量でガンズのSweet Child Of Mineのイントロを弾いていると、別の部屋の知らない人の部屋から同じ曲を弾いているのが聞こえてきて、しばらく遠隔セッションをしたりして楽しかった。


S君はいちおうロック研に所属していたが固定のバンドはなかったので、思い切って「バンドやろうぜ!」と当時あった雑誌のように声をかけてみた(嘘です。本当はもっと軽い話の流れでした)

何度かギター二人でセッションしてみて、彼のOKがでた。

あとはベース、ドラムを探さねば、ということで、学内ではなく近所のレコード店やライブハウスにメンバー募集のビラを貼らせてもらった。

1990年当時はネットもなく、連絡先は僕の固定電話の番号。もちろん当時、携帯は一部の金持ちしか持っていなかった。

しばらくたったある日、ドラムをやりたいという男性から連絡があった。聞けば「自分はチャーリー・ワッツのようなスタイルで叩く」という。

早速日取りを決め、サークルの部室棟スタジオを借りて、3人でストーンズのBrown Sugerをやってみた。

だが、自称チャーリー・ワッツは超単純な8ビートしか叩けず、しかもバイトが忙しくてあまり練習に来られないというので、ちょっとこれではなあということで、S君とも話して丁重にお断りをした。

その後、そのバンド話は立ち消えになったが、S君とはなんどか学園祭やイベントなどでテンポラリーなバンドはやったりもした。映像制作の授業で一緒に短編映画のようなものを撮り、教授に好評だったりもした。

そんなこんなで、大学で初めて音楽を通じた友人になったS君から僕の音楽の世界は広がりはじめた。

その後もたくさんの出会いがあるのだが、それはまた。







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