MTVと洋楽:僕のルーツミュージック | さじやんのDCDC(デコデコ)日記

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MTVと洋楽:僕のルーツミュージック

前の記事で書いた「ドリフの早口言葉」、元ネタ自体がウィルソン・ピケットのカバーだったのか。知らなかった・・



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さて、だれも興味がないでしょうか、今回も私アラフォー男子の音楽遍歴です。

横浜に住んでた小学校中学年の頃、友達のお姉さんがYMOのコピーバンドをやっていた。

その練習を何度か見させてもらい、その時はそんなにしびれる感じではなかったのだが「ライディーン」だけはかっこいい曲だなあと思った。

友達もそうだったようで、その後は教室の一番前にあったオルガンでライディーンを弾けるのがステイタスだった。

昼休み、オルガンは男子たちで奪い合いとなり、当時の担任は「このクラスから音楽家がでるでしょうねえ」なんて言ってた。当時ピアノならってたから結構すぐにコピーできた記憶がある。


奈良に引っ越した小学5,6年の頃から洋楽にも触れるようになる。

当時カルチャークラブの「カーマは気まぐれ」が教室で大流行していた。

みんな意味もわからずアホづらで「カーマカーマカマ」と唄っていた平和な時代。

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中学生のころ=80年代はモータウンにもはまりつつ、MTVが始まっていたので普通に流行りの洋楽も聴いていた。

日曜の夜中にFMでやってた「ポピュラーベストテン」という番組をよく聞いていて、そのDJ(日本人のおじさん)が「ホイットニー・ヒューストンは腹じゃなく喉で唄ってるから駄目だ」的なことを言っており、素直な子供だった僕はそのまんま影響を受けて、その後あまりホイットニーを好きにならなかったのだ。
こういうメディアの影響は大きい。


当時好きだったのはカッティングクルー、クラウデッドハウス、ワム!、デッドオアアライブなどのポップス。

特にエイス・ワンダーが好きで、その理由はキャッチーな曲というよりパッツィ・ケンジットの美貌とウィスパーボイスという不純な理由だった。

当時奈良に住んでいた僕は「奈良ファミリー」(ジャスコ)というショッピングセンターの中の比較的大きなレコード屋で「Stay with me」の12インチを買い、予約特典のパッツィ・ケンジットのポスターをベッドの上の天井に貼り、毎夜眺めてもんもんとしていたものだ。後にデビットボウイと結婚するとは思いもしなかった。


邦楽はというと、父が車で「フォーク・ニューミュージック大全集」みたいな通販で買ったカセットをよくかけていたので荒井由実、ガロ、吉田拓郎、赤い鳥あたりも好きだった。

当時「KAMAKURA」を出したサザンや研ナオコもが好きだった。

そしてなぜかそんなのと同時にGrover Washington JrとかSHAKATAKなどもかかっていた謎な車中の選曲だが、これは後のAOR、フージョン嗜好につながっている。

父は若いころジャズドラマーでキャバレー回りなんかをしていたそうだ。

僕が子供の頃は家でフルートを吹いたりギターを弾いたりしていた。

音楽の趣味も幅広く、前述のようなものに加え、ハードバップ系のジャズ(アート・ブレイキーなど)、サイモン&ガーファンクル等のシンガーソングライター系が家でよくかかっていた。

1973年の「アメリカングラフィティ」が好きで、僕はこの映画でチャック・ベリーやプラターズ、ビーチボーイズを知ったのだった。

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映画といえば「卒業」も好きで、テレビでやっているのを何回か一緒に見た。僕もS&Gが好きになった。

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そんな父に中学の頃ギターを教わったのだが、最初の課題曲は「夏をあきらめて」。

中学生には歌詞の意味もわからず、何よりフォークギターは弦高が高く押さえづらい。コード進行も難しくてこの時は一度ギターを断念した。


そういえば中学の部活選びの際、僕は吹奏楽部かギター&マンドリンクラブに入りたかったのだが、両親が「今は体力をつけろ」と軟式テニス部にいれられた。

なぜもっと粘って希望を主張しなかったのか、今でも後悔している。

その頃、大阪に住んでた従兄弟がフォーク好きで、家に遊びに行くとギターで長渕や浜省を弾いてくれたり、カセットをくれたりしてよく聴いていた。

その従兄弟が高校になると突然「杉山清貴とオメガとライブ」に転向したから驚いたものだ。

多分モテたかったのだろう。

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当時限られたお小遣いで買えるレコードは限られており、もっぱら「黎紅堂(れいこうどう)」「友&愛」(avex松浦氏が働いていた)でレンタルし、アルバムの時間の長さに合わせてカセットテープを買い、家のミニコンポでせっせとダビングした。

当時愛読していた「FM Station」についてた鈴木英人のカセットレーベルに、インレタ(インスタントレタリング)でタイトルや曲名を転記してテープが完成。

当時ウォークマンが欲しかったのだが、「ただでさえボーっとしているお前が、外を歩きながら音楽を聴てたら車に轢かれる」という理由で買ってもらえず、もっぱら家で聴いていた。

本当に一本一本のテープが貴重で、今でもどのアルバムのどの曲のその辺で針飛びしていたか覚えているくらい聴き込んでいた。

カセットは全て引っ越しの時処分してしまったのだが、今だとmp3に落とせるツールもあり、置いておけばよかったと思っている。

そして高校入学。ラフィン・ノーズ=パンクとの出会いは衝撃的にやってきて、僕の音楽嗜好に大きな影響与えるのだが、それはまた次に。

こうやって書いてるうちに、いろん細かいことまで思い出すものだなー

ではまた。

パッツィ・ケンジット





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